ある日突然、幻覚が見えたり、つじつまが合わないことを言い出す「せん妄」。場合によっては暴れたり、介護者に暴言を吐くようなこともあります。
大人しい性格だった人がこのような症状を見せると、まるで人が変わったように感じるかもしれませんが、せん妄は高齢者に多くみられる意識精神障害の一種です。
それでは、認知症との違いや具体的な症状、原因や予防法などについてご紹介します。
せん妄とは
せん妄の原因は、病気や加齢、薬の影響、入院や手術の後遺症などさまざまですが、多くの場合、時間や場所がわからなくなる見当識障害から始まり、通常は数週間で症状が治まります。
ただし、的確に処置が行われないと死に至るケースもあるので注意が必要です。
また、1日のなかでも症状の現れ方にムラがあり、特に夕方は強く出るとされています。
せん妄の症状における3つのタイプ
せん妄の症状には3つのタイプがあります。それぞれの特徴についてみていきましょう。
過活動性せん妄は活動量が増える
暴力を振るったり、興奮したり、幻覚を見たり、普段よりも活動的になるのが「過活動性せん妄」です。脳のなかの大脳辺縁系が過剰に興奮し、不安や緊張が増すことで症状が現れるとされています。
ほかに、理由なくイライラしたり、落ち着きがなくなったり、突然大声を上げたりすることもあります。
また、興奮のために夜間に眠れなくなり、睡眠障害に陥ったり、昼夜が逆転したりするのも特徴です。
低活動性せん妄は活動量が低下する
過活動性せん妄とは逆に、活動量や口数が少なくなり、引きこもりのようになります。常にまどろんでいるような状態になり、無表情で無気力な状態が続き、声をかけても反応が薄くいのが特徴です。また、食事の量も減っていきます。
暴力や興奮するようなことがないため介護に影響がなく、せん妄症状であることに気づけない可能性があることには注意しなければなりません。
その症状からうつ病と誤診されることも多いようです。
混合型せん妄というケースも
過活動型せん妄と低活動型せん妄の症状が、24時間以内にどちらも現れるのが「混合型せん妄」です。
例えば、夜間は過活動型せん妄の症状が現れて眠れなくなり、昼間は低活動型せん妄の症状が現れて、常に居眠りをしているような状態になります。
認知症とせん妄が合併していない場合の区別
認知症とせん妄は違う疾患なのですが、高齢になると認知症とせん妄を同時に発症していることが少なくありません。
しかし、同時に発症していない場合は、せん妄の症状を見て、認知症になったと早合点してしまうこともあるでしょう。確かに混同する症状ではあるのですが、せん妄の場合は急激に発症し、数日から数週間で治まります。
認知症の場合はゆっくりと症状が進み、一日のうちで症状が変わることはほとんどありません。せん妄と認知症の区別は以下の通りです。
特徴 | せん妄 | 認知症 |
---|---|---|
発症時期 | いきなり発症する | ゆっくり発症する |
症状の持続性 | 一過性のもの | (数日~数週間)永続的なもの |
症状の変動性 | 夕方から夜間に悪化 | 変動は少ない |
認知症とせん妄は併発することがある
せん妄症状が長く続くと脳の体積が小さくなり、認知症を発症しやすいことがわかっています。
また、認知症の方がせん妄を発症することもあり、特に脳血管性認知症との併発が多いとされています。次いで多いのがレビー小体型認知症との併発です。
せん妄の種類
せん妄には4つの種類があります。それぞれの特徴を順にみていきましょう。
夜間せん妄
せん妄症状が夜間に現れるものが「夜間せん妄」です。夜間せん妄を発症している場合、日中は比較的症状が落ち着いてしっかりしているのに、夕方から夜間にかけて症状が強く現われ、興奮したり、怒ったりするようになります。
術後せん妄
「術後せん妄」は、手術をしたことがきっかけで発症する精神障害です。
術後、一度は平静になりますが、数日経過すると急に興奮したり、幻覚を見たりするといった、いわゆるせん妄症状が現れます。通常、1週間ほど症状が続いた後に落ち着きます。
薬剤性せん妄
薬剤性せん妄は、処方薬などの影響によって引き起こされることがあります。これを「薬剤性せん妄」と言います。特に鎮静剤や抗コリン作用のある薬剤が、薬剤性せん妄を引き起こしやすいとされています。
アルコール離脱せん妄
アルコール依存症の人がアルコールの摂取を中断、または減量したときに生じるのが「アルコール離脱せん妄」です。多くの場合、発汗や嘔吐などの症状、手の震えなどのけいれん症状を伴います。
せん妄への対応方法
続けて、せん妄症状への対応方法を見ていきましょう。
「寝る前に温かい飲み物を摂る」、「夜に眠りやすい環境をつくる」などの基本的な対策のほかに、症状別で以下の対応を臨機応変に行うようにしましょう。
落ち着きがない場合
せん妄を発症している場合、例えば尿意や便意、腹痛などを上手く言葉で伝えられなかったり、表現できなかったりします。
そのため、落ち着きがない行動をとることがありますが、そのような行動がみられたときは何を求めているのかを理解し、痛かったり、苦しかったりする原因を取り除き、求めていることを達成させてあげれば症状が落ち着きます。
ただし、興奮して暴力を振るうようなときは言葉で制止したり、原因を問いただしたりするのは危険です。ひとまず周囲に投げたり、壊したりできるようなものがあれば遠ざけ、見守るようにしましょう。
幻覚がある場合
実際には存在しないものが見えたり、聞こえたりすると言われても、どんなに非現実的なことでも頭から否定しないのが原則です。
どんなに現実離れしていても、本人にとっては実際に起こっていることであるため、それを否定されると頭のなかが混乱します。「自分はおかしくなってしまったんだろうか」と、不安になってさらに症状が進むことも考えられます。
そのため、すべてを肯定する必要はありませんが、話しに耳を傾け、私は理解しているということを示しながら接しましょう。そうすれば安心感が生まれ、次第に症状が落ち着きます。
帰宅願望がある場合
幻覚と同様、帰りたい気持ちを理解してあげることが大切です。「ここが家だよ」「もう帰れないよ」と、真実を教えてあげたくなるかもしれませんが、そのような声かけはご本人にとって帰ることを否定されたことになります。そうなると、ますます不安な気持ちが大きくなるだけです。
例えば「そうですね、帰りたくなる気持ちもわかりますよ」というように、「帰りたい」という気持ちを理解していることを伝えましょう。そのうえで、本人が興味を持っているほかのことに話を向けると、意識が切り替わって帰宅願望が治まることがあります。
せん妄の改善
残念ながら、せん妄を完治させる治療法は確立されていません。しかし、以下のような対処によって、症状を軽減させることはできると言われています。
身体疾患の改善
高齢者の場合、発熱や下痢の症状が続くことで脱水になり、それが原因でせん妄症状が現れることがあります。ほかにも便秘や尿路感染症などが原因になることもあります。
まずはそれらの体調不良を治すことが大切です。該当する内科や泌尿器科などで原因となる疾患の治療を行いましょう。
服用している薬の調整
薬剤性せん妄の場合、処方されている薬の服用をやめると改善されることがあります。
ただし、治療のために服用をやめることができない薬もあります。そのため、薬の服用はご自身の判断では決してやめず、必ず担当医に相談しましょう。
生活リズムの是正
せん妄症状は、夕方から夜間にかけて強く現れることが多いため、患者のなかには昼夜が逆転している方が少なくありません。
そのため、精神安定剤や睡眠薬を服用して睡眠と覚醒をもとに戻す治療が行われることがあります。生活のリズムを取り戻すことで、せん妄症状が改善される場合があります。
生活環境の整備
視覚や聴覚への刺激が、せん妄症状を軽減させることがわかっています。部屋はできるだけ明るくして、例えば日中はラジオやテレビをつけたり、音楽をかけたりするようにしましょう。必要な方は、眼鏡や補聴器をいつでも装着できるようにしておきましょう。
また、日にちや時間、家族関係などがわからなくなって不安になり、症状が現れることがあります。そのため、カレンダーや時計、ご家族の写真などを見えるところに置きましょう。
本人が落ち着ける環境を整えることが大切です。
まとめ
認知症と間違われることも多いせん妄ですが、多くの高齢者が発症し、家族や介護者はその対応に悩まれています。
せん妄が疑われるときは、すぐに専門医に相談しましょう。その際は、「いつ頃から」「どのようなタイミングで」「どのような症状がでているのか」など、できるだけ詳しくメモを取って伝えると良いでしょう。
適切な処置を行えば、症状を改善させることができるはずです。